〜〜〜遅ればせながら 自己紹介します〜〜〜

      鉄路の証はトンネルとバラストだけ!
      大都市・名古屋の直近にある8キロの廃線と13基のトンネル群

概要 名古屋市から長野県塩尻市へつながる国鉄中央(西)線は、明治33年(1900年)まず名古屋から岐阜県多治見市まで開通した。この時、愛知県と岐阜県の県境をまたぎ14基(9号はその後撤去)ものトンネル群が造られ1961年まで使われた後、長大トンネルの新線が建設に伴い約8㎞のこの区間が廃線となった。その後、2006年に市民により発見されるまで廃線とトンネル群は人を寄せつけない急峻な崖の中腹のヤブに潜み、半世紀近く人々の記憶から消え去っていた。

概要

現状 活動状況 発見以来、市民による手弁当の活動は、発掘・保存・再生へと活動を拡げ、毎週2〜3回草刈りや施設補修の他、知恵と工夫を凝らした行事を随時開催するなど活発化してきた。と同時に発見以来、毎年春・秋の年2回市民に向けた「特別公開」を開催している。これらの目的は多くの国民へ埋もれていた資産の意義の周知と保存活用の必要性を訴え続けることであった。おかげで2016年には念願の鉄道トンネルとしては東海地方初!国登録有形文化財の認定を得るに至った。
また嬉しいことに、廃線時にレール・枕木などが撤去され鉄路は半世紀にわたり人の侵入がなかったことが幸いし直径30㎝を越える樹木や草花が復活し、まるでネイチャーロードの様相を呈している。特に活動地の愛知県側の1.8㎞の区間には300本を超えるモミジが自生し、これを主役にして売り出し、今では「隠れたモミジの名所」として人気を博している。

入場者数一覧

ところで活動区間の愛知側の13haの軌道敷を保存しようと、全国でも珍しい歴史遺産敷地を買取るナショナルトラスト運動を実施し、実に5年の歳月をかけ12,000人からの寄付浄財を基に2014年取得したことは特筆すべきことだ。さらに廃線周辺地を寄贈したいとの依頼が舞い込むなど地域の鉄道遺産保護への機運が盛り上がっているように感じている。